「あなたの発言の主語は何か?」――悩みを課題に変えるための最初の問い
会議や1on1、日常の意思決定の場で、私たちは「何を言っているか」には注意を払いますが、「誰を主語にして語っているか」を意識する機会は多くありません。 しかし、発言の主語は、その主張が成果に向かう課題なのか、単なる個人の感情処理や責任回避なのかを見分ける、極めて重要な判断軸になります。
主語が思考のレベルを決める
ピーター・ドラッカーは、マネジメントの本質を「成果への責任」と定義しました。 成果を生み出すためには、個人の立場を超えて、組織の目的に立って考えることが不可欠です。 その実践的な表れが、「主語」の問題です。
主語の違いが生む思考の差
- 私:感情・利害・責任回避が基準になる
- こちらの部署:部分最適・縄張り意識が前提になる
- われわれ/わが社:目的・成果・責任を前提に考えざるを得なくなる
主語が「われわれ」になると、発言者は自然と組織全体への影響と自らの責任を引き受ける立場に立たされます。 この変化が、協力関係と意思決定の質を決定づけます。
「われわれ」を前提にできない現実
「主語をわれわれにしよう」という考え方は、一定レベル以上の組織を前提としているように見えます。 そこには暗黙のうちに、次の条件が含まれているからです。
- 会社の目的がある程度共有されている
- 自分の役割と責任を理解している
しかし現実には、主語が終始「私」から離れない人が少なからず存在します。 その主張を丁寧に分解していくと、多くの場合、次の二つのどちらかに行き着きます。
- 「私は気に入らない」
- 「私は責任を負いたくない」
主語が「私」の主張が生まれる二つのパターン
① 感情・利害を守るための「私」
これは比較的わかりやすいパターンです。 負荷が高い、評価が不利、納得できない、といった個人の感情や損得が主張の中心になります。
問題は、この主張を組織課題として扱ってしまうことです。 その結果、本人だけが救われ、他の誰かが見えない負担を引き受けることになります。
② 責任から距離を取るための「私」
もう一つ、より見えにくいのが責任逃れとしての「私」です。 この場合、表面上は慎重・合理的・正論に見えることがあります。
しかし、主語に注目すると共通点があります。
- 判断を下す主体が常に「私」
- 結果責任は曖昧、もしくは他者や環境に委ねられる
ドラッカーは、意思決定とは責任を引き受ける行為だと述べています。 主語が「私」のままの発言は、一見すると自己主張ですが、実際には責任を限定・回避するための防衛行動であることが少なくありません。
「私」を主語にした主張を、そのまま解決してはいけない理由
リーダーが、主語が「私」の主張をそのまま受け取り、解決に動いてしまうと、次のような弊害が生じます。
- 責任を引き受けない人ほど得をする
- 成果を支える人が疲弊する
- 意思決定の基準が感情や声の大きさになる
結果として、組織は成果ではなく調整のために動く状態に陥ります。 これは、ドラッカーが最も警戒した「マネジメント不在」の状態です。
リーダーの役割:主語と責任の所在を確認する
重要なのは、主張を否定することではありません。 リーダーに求められるのは、その主張がどの主語に立ち、誰が責任を引き受けるのかを明確にすることです。
確認すべき問い
- この主張の主語は「私」か、「われわれ」か
- この判断の結果責任は誰が負うのか
- 会社の目的・成果とどう結びつくのか
全員が喜ぶ決断はほとんどありません。 それでもなお、主語が「われわれ」である限り、責任は組織の中で引き受けられるのです。
「われわれ」の範囲は役割で決まる
「われわれ」は抽象的な言葉ではありません。 それは、自分が責任を負う範囲そのものです。
- 班長・サブリーダー:班・チーム
- 係長・課長:課・部門
- 経営層:会社全体
自分の役割に応じて「われわれ」を定義し直すことで、発言は成果と責任を伴う判断へと変わります。
主語が「私」の意見の実例と、会社へのデメリット
実例①「この業務、私には合わないので外してください」
- 本質:個人の負荷回避
- デメリット:
- 役割と責任が曖昧になる
- 他者に負担が集中する
実例②「このルールは私には不公平です」
- 本質:結果責任の否認
- デメリット:
- 制度が例外だらけになる
- 組織としての一貫性が失われる
実例③「私はこの判断には関わっていません」
- 本質:責任逃れ
- デメリット:
- 意思決定に誰も責任を持たなくなる
- 成果も失敗も学習されない
主語を確認することは、成果と責任を結び直す技術である
会社と個人の関係は、WIN-WINでなければなりません。 しかしそれは、「個人の要求をすべて満たす」ことではありません。
主語を「われわれ」に置き換えることは、成果と責任を正しい位置に戻す行為です。
メンバーの意見を聞くとき、判断に迷ったとき、まず問いかけてください。
「その発言の主語は、誰ですか?」
この問いは、感情論に流されず、成果に向かうための、シンプルで強力なマネジメントの起点になります。
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